くるみ

その昔、くるみの木がたくさん自生している集落が今でいう東北地方の北の方にあった。

この頃、まだ日本ではくるみの木は全くと言って良いほど認知されておらず、くるみに馴染みが深かったのはその村くらいであった。

その村には小高い丘があり、特にその丘の上には大きなくるみの木がいくつか生えていた。

秋から冬に移り変わる頃になると、大粒の実をわんさか実らせたその木々から熟れた実が次々と落下し、丘の斜面を下って村に住む人々のもとへコロコロと転がっていくのであった。

そして村の住民はその転がってきた実を集めて分け合うことで、冬の飢えを凌いでいたそうである。

そのようないきさつから、村ではその木の実のことを「来る実」と呼ぶようになり、いつしかそれが「くるみ」となって定着して、やがて日本全国へと広まっていったと言われている。

嘘である。

また、「くるみ」は漢字で書くと「胡桃」であるが、この「胡」という字は、「湖」からサンズイを取ったものである。

これはかつて、呉から日本へと胡桃が伝わった時に、胡桃の木ではなく実だけが持ち込まれたために、日本人が湖の中に自生する植物の一種だと勘違いしてしまったこと、すなわち「湖の桃」としてしまったことに由来すると言われている。

確かに、このような「昔の人の勘違い」が言葉になって定着してしまったという話はよく聞く話であり、この「胡桃」という漢字もそのひとつなのだ。

嘘である。

ついこの前、大学の先輩が『少女椿』を借りていたお礼にと、「くるみゆべし」をくれた。

「返すの遅くなってゴメンね〜。このお菓子、見た目は地味だけど、とっても美味しいから良ければ食べてね」と言われていただいたのだが、なるほど、もちもちとした食感のゆべしの中にころころとしたくるみが入っており、ほんのりとした自然な甘さがあって確かにとても美味しかった。

この「くるみ」はゆべし以外にもあらゆる食べ物に入っており、「くるみパン」「くるみ味噌」など、スーパーなどに買い物に行くと何かしら目にするくらいには馴染み深い。

勿論、そのまま食べても美味しく、酒を飲む時にナッツを頼むと大抵その中の主要メンバーとして登場する。

因みに、酪農が盛んなカリフォルニアのあたりでは昔から乳牛の餌としてくるみがよく用いられており、それゆえに「milk」という英単語も「くるみ」を逆から読んだことからできた言葉である。

これも嘘である。

このように、それ単体を食べるだけに留まらず、いろいろな食べ物の装備アイテムとしてグルメシーンの一端を担っている「くるみ」だが、この言葉は何故だか人の名前によく使われる。

これは僕の前からの疑問であり、未だに解決していない。

いくら美味しいからと言って、それを我が子の名前にするほど、世の中は「くるみ狂」で溢れているのか。

とりあえずインターネットで調べてみると、「くるみの殻のように、強く忍耐強い人間に育つことを願って」とか、「くるみは形状が脳に似ているため、子どもの頭が良くなるようにという思いを込めて」とか、いろいろな説が出てきたが、どうも他人のこじつけのようで腑に落ちない。

子どもの名前が「くるみ」ちゃんのお父様お母様、ぜひ僕にその理由を教えてください。

そして僕自身、思い返せば中学生時代の友人に「くるみちゃん」という女の子がいた。

この「くるみちゃん」には、当時相当に彼女を好いている少年がいて、彼は中学受験をして県内の別の中学に通っていたが、小学校は彼女と一緒だったため、このことは学内で有名な話であった(そして、この「彼」は、のちに僕が高校で組んだバンドのベーシストとなった)。

それゆえ、彼の追っかけエピソードが、彼の在籍していない学校でいくつも噂話として出回っているという、とても気の毒な状況となっていた。

ただ、その噂話の中には面白い話もあり、その中でも特に爆笑してしまったのが、なんと彼は小学生時代、「くるみちゃん」の隣の家に引っ越したという話だ。

これには彼の意図があったのか、それともはたまたただの偶然なのかは本人のみぞ知るところだが、なかなかに珍しい話である。

このように、彼は小学生の頃から「くるみちゃん」に大変な好意を抱いていた。

しかし、一方の彼女は、そんな彼のことには全く興味を示さず、学内で一番運動ができる、端正な顔をした身長の高い青年と長くに渡る交際を始めてしまった。

恋愛とは、実に難しく、そして切ないものである。

「くるみゆべし」の話から、思わぬところまで話が脱線してしまった。

こうやって人の色恋話で笑いを取るのは、なかなかに悪趣味なことであり、少し反省している。

もし本人がこれを読んでいたら、本当にスミマセン。

その時は、お詫びに「くるみゆべし」を渡したい。

mtkn